不思議の国のアリス症候群は、インパクトのある名称ですが、どんな病気なのでしょうか。
本疾患は脳の障害や異常にともなって起きる『変視』や『錯視』と呼ばれる見え方の異常が主な症状です。例えば、ものが大きく/小さく見える、自分の身体の大きさが変わる、周囲が大きく見えたり小さく見えたりする、自分の身体が変形したように見える、風船玉のような物体が視界いっぱいに現れる、スマートフォン画面が歪んで見えるなど、症状には多様性があり、ほかにもさまざまなものがあるとのことです。「まるで『不思議の国のアリス』の一場面のような症状から、この病名がつきました。
文献1)より転載
本症の原因として以下のものが挙げられています2)。
1)片頭痛:
腹部片頭痛、群発頭痛、緊張型頭痛、HANDL(脳脊髄液リンパ球増加症を伴う一過性頭痛および神経学的欠損の症候群)
2)癲癇:
側頭葉てんかん、前頭葉てんかん
3)感染症:
エプスタインバーウイルス、コクサッキーB1ウイルス、サイトメガロ ウイルス、A型インフルエンザウイルス、マイコプラズマ、水痘帯状疱疹、腸チフス脳症、ライム神経ボレリア症、化膿レンサ球菌(scar紅熱および扁桃咽頭炎)
4)脳血管疾患:
実質内出血性脳卒中、虚血性脳卒中、海綿状血管腫、ロビンフッド症候群、下垂体梗塞
5)その他の器質性脳疾患:
急性播種性脳脊髄炎、膠芽腫、精神障害、鬱病、コタール症候群、カプグラ症候群、精神分裂症、統合失調感情障害
6)薬:
デキストロメトルファン、咳止めシロップ(ジヒドロコデインとDL-メチルエフェドリンを含む)、モンテルカスト、トピラメート、ティッカー、LSD離脱後の幻覚剤持続性知覚障害(HPPD)、トルエン系溶剤
これらの多数の原因が挙げられていますが、頻度的には最も多い原因は片頭痛(27.1%)で、次に感染症(22.9%)、主にEBV(15.7%)が続きます。他の病因は、脳病変(7.8%)、医薬品(6%)および薬物(6%)、精神障害(3.6%)、てんかん(3%)、末梢神経系の疾患(1.2%)、その他(3%)です。患者の約20%は原因不明でした。年齢で区切ると、18歳以下では感染症(EBウイルスが50%以上)、19歳以上では片頭痛が最も多い原因でした。ちなみに全体の65%が18歳未満で発症していました2)。 性差は男女比でほぼ同率ですが、5~14歳の小児に限ると男性が2.69倍多いです。
本症群でみられる症状
1)身体像の奇妙な変形
自分の身体やその一部分が急激拡大、または縮小する奇妙な感じがある。
2)視界に映ずる物体の大きさ、位置、距離に関する錯覚的誤認
人物や物体が異常に大きく見えたり、小く見えたり、実際より遠くにあるように見えた り、近くに見えたりするもので、変形を含む視空間知覚障害による症状。
3)空中浮揚の錯覚的感覚
身体またはその一部分(特に頭部)が軽く感じられ、ふわふわと浮揚するような感じとし て訴えられる。
4)時間経過感覚の錯覚的変化
時間経過が異常に早く感じられたり、逆に遅く感じられたりする。
以上のほかに、しばしば現実感喪失、離人症を 伴い、例えば,、美しい風景を見てもそれ が美しいという実感がわかない、そこに本があるのは見えるが確かにあるという実感を 伴わない、手足や首から上などが自分のもののような感じがしない、というような症状 が伴う
文献3)より参照
これらの症状は数分から数時間で改善するものから、年余にわたって持続するものなど様々で、原因疾患により異なるものと思われます。表で示した症候は、幻覚や錯覚ではなく知覚の歪みを特徴とするため、統合失調症スペクトラムや他の精神病性障害と区別する必要があります1)。
この症候群は稀と考えられていますが、片頭痛の患者さんは15%がこの症状を有しているとされ、生涯有病率は男性で5.6%、女性で6.2%と高い頻度であることが最近報告されました。生涯有病率30%という報告もあります1)。
本症候群の原因は不明ですが、脳波異常として徐波化を示す場合があり、またMRIのT2強調像で一過性の散在性の高信号像が認められる場合もあり、炎症性機序による脳浮腫を反映しているものと思われます3)。
診断はいまだ明らかな診断基準がなく難しいと思われます。特有な症状から疑い、原因となるような原因疾患があるかどうかを検討し、除外診断のために血液検査、EEG、脳MRIスキャンなどの補助的な調査を促す必要があるかもしれません。ただ、小児の場合は感染症に伴う一過性のものとしてあまり心配させないように説明することも大切かもしれません1)。
本症候群はほとんどが自然に寛解します。しかし、根底にある慢性疾患(片頭痛やてんかんなど)を伴う例では、適切に診断して治療をしないと症状の改善は得られません。また、脳炎の場合、原疾患で予後が悪い場合もあります。治療の必要性には、さまざまな基礎疾患の自然な経過に関する適切な知識、およびどのような状況下でどの治療法から何を期待するかについての患者への慎重な説明が必要です。今までの報告では抗精神病薬がめったに処方されず、ほとんどの場合、それらの有効性は限定的であると考えられています。さらに、精神病患者の併存症状として歪みが経験される場合、てんかん活動の閾値を低下させる可能性があるため、抗精神病薬によって誘発または悪化する可能性を考慮することが重要です。